現役時代が一生続くことに潜む問題
平均寿命が男女共に80歳を超え、日本の長寿化は進んでいます。
しかし、それは大きな病気にかからなかったり、早期発見と早期治療ができた場合。
90歳を超えて元気にしている高齢者もいれば、30代で人工透析を必要とするようになる人もいます。
がんで亡くなる人もいます。
自分の不摂生が原因で病気になることもあれば、予防しようのない「まさか」という病気にかかることもあります。
昔は定年が55歳と若く、現役時代に病気を発症する人が少なかったかもしれません。
けれども、今や定年は65歳が当たり前で、年金支給額の減額が進めば、70代でも80代でも働かざるをえない人も出てくるでしょう。
では、一生続く現役生活の中で、もし病気になってしまったらどうなるのでしょうか?
ある日、健康診断で血尿を指摘されたという男性が受診しました。
血尿にはいくつか可能性があります
<血尿を起こす病気>
- 尿路感染症(膀胱炎・腎盂腎炎)
- 尿路結石
- 膀胱腫瘍
- 腎疾患
- 生理的血尿
など
さて、この中で健康診断で指摘されて受診する人に一番多いのは何だと思いますか?
実は、一番最後の生理的血尿です。
これは、特別な病気もないのに顕微鏡レベルで調べると赤血球が出ている=尿潜血陽性になってしまう人です。
痩せ型の女性では遊走腎といって、立っている時と寝ているときの腎臓の位置が動くことで尿管を引っ張って血尿を呈することもあります。
生理的血尿は、病気ではないので治療する必要はありません。
しかし、他の原因となる病気については、治療しなくてはなりません。
無症状でも、尿路感染症で尿潜血陽性となることもあります。
この場合は、抗生剤の内服によって治ってしまうことが多いですね。
では、血尿で困るのはどのような場合でしょうか?
それが、血尿の理由として残る2つ、膀胱腫瘍と腎疾患です。
さて、尿潜血陽性を指摘されて受診した男性についても、もちろん検査を進めることになりました。
そこでわかったことなのですが、男性は2年前にも尿潜血陽性で精密検査を受けたことがあるというのです。
ところが、検査の途中で通院を辞めてしまったとのこと。
医療機関ではよくあることなのですが、勝手に通院を辞めてしまうケースがあります。
これを私達は「ドロップアウト」と呼ぶのですが、この男性は検査の途中で仕事を理由にドロップアウトしてしまったというのです。
現役世代の通院は、職場の理解も必要です。
最初は単純に、休みがとれなかったからかなと思っていた私は、男性の話を聞いて驚きの事実を知ったのです。
精密検査を受けられないのは、賃金体系にあり!?
男性は現在61歳。
昔なら定年退職後で時間もあったから、通院だって問題なくできたでしょう。
しかし、今の時代ではこの時代で働いている人は大勢います。
職業はタクシーの運転手。
タクシーの運転手というのは、基本給がものすごく少なくて、収入のうち歩合の割合が大半を占めるそうです。
歩合というと生命保険の営業マンとか、何かしらの営業マンで契約をとった数で決めるものなのかと思っていました。
タクシー業界について全く詳しくなかったので、男性に聞くまで知りませんでした。
そして、ここにドロップアウトの原因がありそうだな・・・と見えてきました。
職種的に平均収入が少なく、更にそのうち歩合(お客さんを載せた金額)で給与が決まってしまうのなら、仕事を休めば直接収入に直結してしまうでしょう。
そのため、せっかく健康診断を受けてひっかけてもらっても、詳しく調べることができないのです。
これでは、早期発見ができても早期治療はできません。
終身雇用で毎年基本給が確実に上がる会社に守られていた時代は、過去の話。
時代は変わっていますし、これからも変わるでしょう。
これは、現役世代全員にかかってくる問題なのです。
一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会の発表している平成27年のタクシー運転者賃金・労働時間の現況によると、タクシー運転手の労働時間の月平均は181時間、そして年収は男性で309万だそうです。
タクシー運転手の勤務形態は私達看護師のように365日24時間営業なので、一般企業のような昼間中心の8時間労働ではありません。
一晩通しで働くと、2日分働いたことになります。
月間181時間というのは1日が8時間労働なら22日分に値しますから、場合によっては11回分の勤務にしかならないということです。
昼間のシフトを入れても、月の労働日数は13日~15日程度が現状のようです。
正規職員の看護師なら、基本給があった上で夜働いたらその回数と時間の分だけ上乗せの夜勤手当が加算されるしくみなので、歩合という賃金体系は想像できませんでした。
病気で仕事を休むことは、贅沢でしょうか?
男性の話に戻りましょう。
昼間の時間は比較的自由がきくため、2年前も他の医療機関で途中までは検査を受けていたそうです。
CTやエコーの結果、腎臓に問題があることがわかったそうです。
そして、腎臓に針を刺して組織を採取して顕微鏡で細胞レベルの検査をする、「生検」を勧められたそうです。
腎臓に針を刺すということは、歯医者さんで麻酔をするのとはリスクが違います。
ですから、入院が必要になります。
男性は、生検の話が出るまでは通院をしていたけれど、入院と言われた時点でドロップアウトしてしまったようです。
入院すれば、歩合が減るからです。
年収300万というのは、(当時)50代の男性にすると一般企業に勤める人より数百万円少ない額です。
そこから更に、給料の大半を占める歩合の分がなくなったら、手取りが減ってしまうというのです。
もし生検をした結果悪いもので、入院治療が必要と言われたら?
数週間、もしくは1か月以上働けなくなってしまうかもしれない・・・。
そう考えた男性は、自覚症状がなかったこともあり、精密検査よりも収入確保をとることにしたそうです。
今の時代、タクシーだけではなくてバスの運転手や長距離トラックの運転手など、運転することを業務としている職種の人達はその労働時間や健康管理が厳しくなっています。
(厚生労働省労働基準局 タクシー運転者の労働時間等の改善基準のポイント)
これは、運転手の健康管理のためだけではありません。
運転手の勤務状況や健康状態が、乗客の命に直結するからです。
2016年1月に長野県で起きたスキー客を乗せたバスが3m下の斜面に転落した事故など、記憶に新しいことでしょう。
休んだら、「会社にお金を払わないといけないんです!?」
男性と話をしていくうち、私は更に驚くべきことを知りました。
もし丸1か月仕事を休んでしまったら、歩合の部分がゼロになります。
そうなると、普段給料から天引きされている健康保険や厚生年金の掛金など、社会保険料の分、会社にお金を払わなければならないというのです。
確かに、社会保険料はその月の金額で決まるのではありません。
厚生年金の掛金は過去3か月の給与で決まりますし、住民税は過去1年分の給与で決まります。
仮に今月仕事を1か月していなかったら、来月受け取る給与の分からも社会保険料はきっちりひかれます。
基本給がいくらかにもよるのでしょうけれど、男性の周囲で実際に仕事を休んで会社にお金を払ったケースがあったということでしょう。
年収が低いからと歩合の分を増やして稼ごうにも、勤務時間の上限が決まっているのがタクシー業界の決まり事。
一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会のサイトで、興味深いデータを見つけました。
<運転者の平均年齢と勤続年数>
平均年齢 56.8歳
勤続年数 9.3年
平均年齢、高すぎませんか?
確かに、タクシーの運転手さんって結構年がいっているおじさんのイメージがありますね。
勤続年数、短いですよね?
平均年収300万の上歩合性では不安定な上に低賃金で、転職を余儀なくされるのかもしれませんね。
男性の場合、検査入院での間傷病手当金をもらうことができますが、休んだ分の給料+入院費用の全てをまかなうことはできません。
もともと年収が低いので、預貯金もありません。
となると、もしもの時に頼れるのは生命保険!?
しかし男性は、医療保険には加入していなかったそうです…。
確かに、年収が少ないからこそ毎月の支出は抑えたいもの。
おまけに、医療保険は自分が本当に受け取れるかわかりませんからね。
病気をする前に事故などで亡くなってしまえば、医療保険単品の場合は保障されませんから。
給与がもらえない上に、入院すればそれだけの費用がかかります。
だから精密検査を進めたくないのもわかります。
しかし、それを先延ばしにしてしまったら80歳どころか、数年も生きられなくなってしまうかもしれません。
また、既にお伝えしているように、各種ドライバーの健康管理は厳しくなっています。
病気を放置したままでは、仕事に就くこともできない可能性もあります。
実際、診断書を提出しなければ業務に復帰させないという会社もあります。
お金の保障もないのに、検査・治療をしなければ仕事もできない。
では、どうすればよいのか?
このように頭を抱えてしまう人達が、実はたくさんいるのです。
「はざま」で苦しむ人達は、何に助けを求めるべきか?
病気になったら治療を受けるのは、当然のことと思っていませんか?
でも、それができない現実もあるのです。
お金のある人は、それまでの預貯金でピンチをしのぐことができます。
しかし、お金のない人は、どうしたらよいのでしょうか?
<よくある生命保険のムダ05「公的な社会保障を知らない」>では、先の不安にばかり思いをはせて今を生きることを忘れて欲しくない、ということをお伝えしました。
確かに公的社会保障を最大限に活用することは大事です。
生活保護受給者は、医療費はタダですしね。
確かにそうなのですけれど、生活保護と今の生活を維持することの差はとても大きな差があります。
今の家に住み続けることすらできなくなってしまうからと、生活保護を受けられずにいる貧困世帯、「社会保障のはざま」で苦しんでいる人も実はたくさんいるのです。
「まさか」の病気にかかってしまったときどうするべきか・・・その人の生き方や価値観などによって違うので、答えはありません。
生命保険にさえ加入していればクリアできる問題かというと、そうでもありません。
生命保険はいざというときの助けになってくれても、毎月の保険料を合計すれば、<生命保険が「人生で2番目に高い買い物」になるかどうかはあなた次第!?>でお伝えしたように、家に次ぐ支出にもなりかねないからです。
この男性のケースは、自分も同じ状況になったらどうすべきか、我が事のごとく考えさせられるものとなりました。
今回は入院して生検を受けることを承諾してくれた男性ですが、その結果が悪いものでないことを祈るばかりです・・・。