繰り返す虫垂炎、手術と“ちらす”はどちらがいいの?
虫垂炎は、大腸の端である虫垂突起という場所が炎症を起こす病気です。
虫垂炎を起こすと、右の下腹部が痛くなります。
何度も繰り返している人は、痛みが出てくると(またか・・・)と気づくこともあります。
この虫垂炎、昔から「盲腸」と呼ばれ、外科領域の病気の中では一般人にも比較的馴染みのある病気です。
根本的に治療するには、手術で切除するしかありません。
けれども、手術前の検査を外来通院で一通り受け、入院して手術を受けてまた術後に外来通院・・・となると、学校や仕事のある学生・社会人はなかなか手術に踏み切れません。
大切なイベントや仕事を控えている時に虫垂炎を起こしてしまうと、入院すら難しいこともあります。
結局、世間でよく言う抗生剤で“ちらす”ことで、対処して乗り切る人が多いですね。
実はこの“ちらす”という対応は、そのときだけを考えれば数日の点滴や抗生剤の内服で済むのでラッキーと言えなくもないのですが、よいことばかりではないことをご存じでしょうか?
日本小児外科学会の急性虫垂炎のページでも解説していますが、虫垂炎は悪化すると膿(うみ)の塊ができたり、腹腔内に広がって腹膜炎に進展してしまいます。
こうなると高熱が出て痛みもひどくなりますし、腹膜炎を起こしたあとの虫垂炎はいざ手術となったときに難しくなります。
炎症のない時に手術してしまえば、近年ポピュラーになってきた腹腔鏡で小さなキズだけで手術ができます。
しかし、虫垂炎を繰り返してその都度抗生剤で対処していた人は虫垂の周囲の組織が癒着しています。
腹腔鏡での切除が難しくなり、手術の危険度も高くなります。
手術と“ちらす”のとどちらがいいと簡単に言うことはできませんが、医療従事者側からすると、虫垂炎を何度か繰り返している人は学校の長期休みを利用したり仕事の繁忙期を避け、できるだけ手術を受けることをお勧めします。
手術する方がお得!?医療保険に加入しているなら前向きに検討しよう
虫垂炎にかかった場合にとる選択肢は、主に5つあります。
【1】まずは点滴で乗り切って、時期を見て手術を受ける
【2】このまますぐに入院して、手術を受ける
【3】入院して、抗生剤の点滴を受ける
【4】外来で、抗生剤の点滴を受けて帰宅する(毎日通う)
【5】外来で抗生剤の内服を処方してもらい、帰宅する
さて、この中で一番お金のかからないものはどれでしょうか?
普通に考えたら、負担額の合計は【5】<【4】<【3】<【2】<【1】の順になりますね。
ところが、【4】と【5】が外来通院の【1】【2】【3】より安くなりますと言われたら、どう思いますか?
ある家庭を例に、検討してみましょう。
大黒柱であるご主人が、何度も虫垂炎を繰り返していました。
ある年は2回も続き、その都度抗生剤の点滴+内服で乗り切りました。
前回受診から数か月間空くためその都度初診料がかかり、採血やエコー・ときにはCTなどもとりましたので、3割負担でも1度の虫垂炎につき外来診察料と薬代で1万5000~2万円かかりました。
さすがにこれでは仕事にも支障が出るし・・・とのことで、炎症が落ち着いて仕事の休みがとれるようになったところで手術を受けることにしました。
何度か繰り返しているため腹腔鏡による手術は見送りとなり、従来通りの開腹手術による虫垂切除術を行いました。
抜糸を外来通院で行うこととして、入院は手術前日から含めて最短の5日間で退院。
術後に1度外来に通院し、経過観察と抜糸(正確には、医療用ホッチキスを外す「抜こう」といいます)を行いました。
手術にかかる術前検査なども含み、総額で窓口負担は13万円ほどかかりました。
外来通院でちらしたときには、1万5000円~2万円の支出。
手術にかかった総額は、13万円。
手術の方が高いですよね?
あと5~6回も虫垂炎を繰り返したら、手術費用とトントン?
まあ、このあと虫垂炎を起こす恐怖から逃れられるのですから、それだけでも13万円の価値はあるでしょう。
しかし、この男性は今回の虫垂切除術でなんとプラス6万円にもなったのです。
その秘密は、医療保険にあります。
入院だからこそ使えるのが、医療保険
ケガに対応する傷害保険は、外来通院でも通院費用が給付されます。
ところが、医療保険は通常、入院しなくては給付金を受け取ることができません。
この男性は、今回の入院で使える制度を賢く使いました。
- 有給休暇⇒短期入院だったので、有給消化にあてた(翌月の給与が減額されることはない)
- 高額療養費制度による還付金⇒約4万3000円
- 医療保険からの入院給付金⇒5万円(1日1万円)
- 医療保険からの手術給付金⇒10万円
- 会社の組合からのお見舞い金⇒2万円
高額療養費制度の還付金は、全国健康保険協会サイトの高額療養費簡易試算で計算することができます。
ただし、入院中の差額ベッド代や食費など対象外となる部分もありますので、ここでは12万5000円を窓口で支払った「医療費」の自己負担額として計算してみましょう。
シミュレーションの結果、この男性は4万3000円還付されることになりました。
現金として受け取った21万3000円から手術費用を引いてもプラス8万3000円。
実際は通院のためのタクシー代や職場への挨拶のためのお菓子、入院用にパジャマや下着などの買い替えを行っていますので、ここから2万円と端数の3000円を引きます。
21万3000円-13万円-2万3000円=60000円
ね?手術をうけたにも関わらず、最終的に6万円のプラスとなったのです。
医療保険が入院を主な対象としているからです。
外来通院で粘っても、何も受け取れずに終わっていたことでしょう。
知らないことは、損である
この男性は、使えるものを賢く使いました。
といっても、それだけの生命保険料や社会保険料を払っているのですから、使って当然ではあります。
けれども、知らなければ高額療養費を請求しません。
有給休暇を毎年使い切っていたら、今回の入院で休んだ分の給料は保障されませんでしたね。
入院給付金や手術給付金などの生命保険の保障内容を把握していなければ、入院期間が1週間ないから給付金を受け取れないと(昔はこのタイプが多かったのです)請求しなかったかもしれませんね。
更に男性は、会社の組合に申請し、お見舞金をもらいました。
金額としては2万円ですが、毎月の給料から組合費を引かれているのですから、こういうときに使わなくては損ですね。
ちなみに、男性は今回有給休暇の消化で入院期間と通院にかかる休みに対応しましたが、有給を使い切ってしまっていた場合にはどうなったでしょうか?
傷病手当金を受けたことでしょう。
傷病手当金は、病気やケガで仕事を休んだときの生活を守ってくれる制度です。
ただしこれには条件があって、休んだ1日目からはでません。
「連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと」が条件としてあるので、待機の3日間が必要となります。
今回のように、入院はしたけれど5日で退院してしまい、その後自宅療養の診断書が出ていない場合には、対象となる期間はたったの2日しかありません。
おまけに受け取れる金額は1日あたりの給与のおよそ2/3程度と、有給のように丸1日勤務したのと同じ金額を受け取ることはできません。
おまけに、傷病手当金は自営業者やフリーランスの方には利用できません。
このように、知っているということは自分を守ることになります。
そして、ときには思い切って入院してしまう方が、結果的に安く済む(もしくは得をする)こともあるのです。
何よりも、お金も大切ですが病気にかかったときには身体にとってベストな治療を受けて欲しいものですね。