
髭から見えてくる人間像
髭が似合うかっこいい男を想像してみてほしい。
その人物は「髭がなくとも」かっこいいのではないだろうか?
この世に「かっこいい髭」なんてものが存在するのだろうか。
髭はそれだけで男にとって重要な、なくてはならない存在になり得るのだろうか。
身近にいる髭を生やしている男を思い浮かべてほしい。
その男にとって髭はなんなのだろうか。
ファッションモデルをしている訳でも俳優をやっている訳でもなんでもない。ただの一般人が髭を生やしているのには相応の理由があるはずだ。
たいていの会社員(サラリーマン)は、髭を生やすことはできない。それが世間一般のマナー、当たり前だからだ。
しかし、その中でも髭を生やしている男はいる。
彼らは髭をどういうものとして捉えているのだろうか。
髭に対する印象を再認識することで、より髭の存在が明確になってくるはずだ。髭に対してそんなに深く考えたことのない方も考えてみてほしい。
髭とは何なのか。
それは本当にかっこいいのか。
なぜ彼らは髭を生やすのか。
なぜ髭について考えねばならないのか。
それは、「髭を生やした男」には注意すべき点がいくつもあるからだ。
彼らの本質を知ることで、より快適な人間関係を送れるようになるだろう。
今、髭という名の「仮面」に覆われている男の人間像に迫る。
タイプ別に解説してみよう。
タイプ1:髭を生やした自分をかっこいいと思い込んでいる
髭を生やすもっとも多い理由がこれだろう。
そして、一番危険でもある。
「自分をかっこよく見せたいから」
男としては素直で安直で単純なもっともらしい理由だ。
ぱっと見では「大人な雰囲気」を漂わせている(あくまで、きちんと整えられた髭の場合だ)が、内面はどうだろうか。
男らしいというよりも、「子供っぽい」が一番適している気がする。
外面で周りに対する自分の評価を上げようとしている時点で、その評価がふさわしい。見た目と中身の釣り合ってなさ、に関してはNO.1と言ってもいいだろう。
見た目に騙されて、その中身の幼稚さに辟易した経験のある方も少なくないはずだ。大人な対応を求めて接すると、危害を加えられることのほうが多い。
見た目相応の信頼感と実力が備わっている人物はごくまれ。
大半の日本人は、「自分をかっこよく見せたいためだけの髭男」があまりにも多いことを知っているからこそ、髭を嫌う傾向にあるのだ。
髭ひとつでその人物を判断することはできないが、おおよその傾向はすぐに分かる。
「ナルシシスト」だ。これは間違いない。
髭を生やしている男は皆、自分が大好きなのだ。
それも、自分が大好きなだけでは終わらず、自分が好きすぎるゆえに他人に迷惑を平気で掛けてしまう系の人間だ。
深く関わるべきではない。
もちろん、例外もいることは知っている。髭相応の立派なかっこいい男がいることを私は知っている。
しかし、間違ってでも簡単に信じてはいけない。髭によって誇張された人間像には注意するべきである。
タイプ2:童顔をコンプレックスに思っている
このタイプの髭男は、一見、おとなしそうで無害な人間に思える。
その理由は…
見た目と中身が伴っていないという以前に、「見た目を見た目でごまかそうとしていること」が挙げられる。
何も解決していない。
いや、解決しようとすらしていない。
確かに、童顔な人間はいる。特に欧米から見れば多くの日本人が童顔だ。
でもそれは特徴であって、欠点でも何でもない。
そのことに気付かずただコンプレックスに思い、あまつさえ髭で誤魔化そうなどという所業は「大人の男」がやることではない。
見た目だけでなく、中身までもが究極的に「童顔」だということだ。
(野球選手がメジャーに行って髭を生やし始めることとは別次元の話)
髭を生やすだけで髭相応の人間になれると勘違いしてしまっているのも、これら髭男の特徴だ。
堂々としているのではなく、厚かましく馴れ馴れしい。自分に自信があるのかないのか訳の分からない態度で、髭を生やしていることそのものに満足している傾向にある。とにかく面倒で関わりたくなくなる人物がほとんどだ。
分かりやすく例えるなら、身長の低さを長年コンプレックスに思っている背の低い男が、突然、平均以上の身長を手に入れてしまった場合だろう。
想像してみてほしい。
その身長の低さのせいで常に他人から見下されている(と思い込んでいる)ために、虚勢を張って大きな態度と声で周りの人間を威圧するような人格が形成されてしまっている男は非常によくいる。
そのような人間がその性格のまま背が伸びてしまった場合、どうなるだろうか。
まず間違いなく他人を見下すだろうし、自分より背の低い人間をバカにするだろう。そして、あたかも自分が万能であるかのような振る舞いをするのではなかろうか。
容易に想像がついてしまう。
童顔がコンプレックスで髭を生やしている男は、言ってみればその簡易版だ。
背の低いことほどコンプレックス度は強くないにしても、長年その顔を理由に損してきた(と思い込んでいる)ために、それが解決したとなれば、害の大きさは計り知れない。
出来る限り関わらないようにしよう。
タイプ3:髭が濃いので逆に活用している
友人として関係を築くなら、このタイプがもっとも安全である。
この筋金入りというのは、他人の負の面を多く見てきたがゆえに、自分自身の存在自体に謙虚にならざるを得ない境遇の中、生き抜いてきた、という意味である。
多感な思春期の時期に髭が濃いとあらゆる意味で不遇だ。
まず人目がとにかく気になる。
髭処理に貴重な時間を割かねばならない。
ただでさえ触れてほしくないことなのに、気の遣えない阿呆なクラスメイトに髭が濃いことを指摘され、公衆の面前(大勢の人間の前で)で、大声で笑われる。
…などなど。
過去の経験から髭のせいで自分に自信が持てなくなってしまっていながら、大人になって髭を生やせることに喜びを感じている彼ら。
髭を生やせていることそのものに安堵しているようにも見える。
彼らは、髭のマイナス面とプラス面を痛いほど理解しているので、髭をうまく自分相応のものにアレンジできているのもポイントだ。
あくまで、髭をファッションの一部として見ることができている。
髭が濃いことが悩みの髭男は、他のタイプよりも圧倒的に常識人であるので、特に何の心配もなく関わって問題ないだろう。
髭に対するコンプレックスを同じ髭で解決せしめた彼らは、見た目通りの「かっこいい大人な男」と言っても過言ではない。自分の弱さも良く知っている。
ただ、注意点が一つ。
それは、あまりにも髭によって味わってきた苦痛がひどすぎる場合だ。
これに当てはまる髭男は他人を全く信用していない。常に他人を警戒しており、まったく本心を出さずにいる。
髭の存在そのものが自分の精神の中で矛盾しているのだ。
「諸刃の剣」状態と言ってもいいかもしれない。
髭を心底憎みながら、その髭で自分の本性を隠している(守っている)という、歪なパターンである。
これほど不安定な状態はない。
関わる前にコンプレックスの度合いをしっかり確かめよう。
髭と思いやりの心
いかがだっただろうか?
あなたの身近にもこんな髭男たちがいるのではないだろうか。
それとも、あなた自身がいずれかのタイプに当てはまるだろうか。
いずれにしても、髭ひとつだけでも人間は何パターンにも分類できる。実際には3タイプくらいでは収まらないだろが、代表的なものを挙げてみた。
日本では、髭はマイナーな存在である。
だからこそ、髭というものの存在を理解することによって、背後にある人間像も見えてくるのだ。
一概に、「髭」とは言っても、なかなか奥が深い。
男が髭を生やすには、やはり相応の理由がある。
それを考えることによって、勘違いした髭男に惑わされない注意深い観察眼が身に付くはずだ。
そして、円滑な人間関係を築け、快適な人生を送れるようになるだろう。
ぜひ今日から役立ててほしい。